蜻蛉つり。。

 今日はどこまで行ったやら この句は朝顔の俳句で有名な加賀千代女の作でないことは定説らしいが句の背景は死んだ子供がトンボを採りに行っていた日常、「今日はどこまで行ったのか、帰ってこない」と淡々とした風景として詠まれている。
 新渡戸稲造博士は著書「武士道」の中でこの句を引き合いにして日本人は悲しみや苦しみを慟哭の感情に任せるのではなく耐えて偲ぶと書いている。また、こうした思考、心情はどこから来るかと言えば五倫を基調とした武士社会の倫理に基づくと述べ、一般庶民の娯楽はおしなべて武士社会の善悪悲喜こもごもが題材にしてありこのような倫理観は下層階級であった人々にも流れ下りついには言葉にならない心情、空気となる。
 日本人の我慢、忍耐の背景は遺伝子レベルまで浸透しているようで先ごろの痛ましいバス事故の被害者である母親がインタビューを受けて実に堂々とまた淡々と感想を述べていたのには瞠目した。一人になれば慟哭しているだろうことは察して余りある。

塩田剛三先生直伝
合気道 小山田道場

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