さて、いよいよ最後。。

女二人男一人の三人旅 三日目

犬山国際ユースホステルから早朝出発し木曽川沿いにある桃太郎神社に行く。
桃太郎と言えば岡山を思い浮かべるがここは桃太郎誕生の地とあった。神社には桃から生まれたばかりの桃太郎がお出迎え。猿、雉、犬が控えて鬼が門番よろしく蹲踞をしている。
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驚くことにこの神社には宝物館がありあろうことか桃太郎が生まれ出た桃があるという。早朝のため開館はしていませんでしたが神社の額に切り口ざっくっり、干からびた桃?の写真がありました。地域には桃太郎音頭なるものがある由。
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桃を抱えたお婆さんが鳥居の手前に、階段途中に芝刈りの御爺さん。お婆さんが毎日洗濯に行ったためお婆さんの足跡の付いた石というのがありました。ここまで来ると弁慶の使った尿瓶だとか牛若丸が履いた草鞋のたぐい。びっくりポンです。洗濯場の川は目の前の木曽川ということでしょうか。さて、張りぼてがあまたある神社を後に犬山城に向かいました。ここからが旅のかなめ。

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曲がりくねった石段を歩きようやく本丸広場に出ます。
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まだ朝のうちで人もまばらです。
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もの凄く急な階段を上って天守まで。各層はただの広間で兵隊たちが詰めていたのでしょう。急な階段を上る途中、前を行く女性のお尻が目に入り階段途中の梁に頭をぶつけました。階段上から下を覗くとスキーのジャンプ台から下を見るのと同じくらいの急角度です。上から蹴落とされたら素直に落ちるしかない。最上階の縁側から木曽川を望みます。この縁側少し斜めに外に向かってかしいでる。そういう造り。小さな子が怖がって叫んでいました。「こわいよ~」 確かに危ない。
画面右端に昨日行った寂光院がホンのチラリ。信長、勝頼もこの天守から寂光院を見たでしょう。

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犬山城下町をぶらり。信長の実弟、織田有楽斎の成した如庵、茶室があります。千利休に師事し後、利休の考え方についていかず独自の茶の湯を確立しました。利休はわびさびの極致、いかに簡素化を図るか追求しましたが有楽斎は茶の湯は人をもてなすその有り方にこそ茶の湯の精神が宿るという方向性を見出しました。今も有楽斎流の茶の湯が伝わっているそうで、知りませんでした。日本三名席の一つ。

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城下町、本町通りから犬山城が見える。作りたてのういろうを購入しました。

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商店街奥に昭和横丁なる細長い建物の中が確かに昭和の雰囲気でお店が一杯詰まっていました。ここでしばし休憩。栗饅頭をいただき英気を養う。

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さて、最終目的地 円福山 豊川閣 妙厳寺とは何かと言えば豊川稲荷れっきとした曹洞宗のお寺です、が何故か鳥居が立っていて神社だかお寺だか判然としない。混乱、混乱でした。鎮守を守る半女神、荼枳尼天(だきにてん)が稲穂を口にした白い狐に跨っていたところから豊川稲荷として有名になったそうです。それにしてもこっちで手を合わせ、向こうで二礼二拍手一礼まさしく神仏混交でした。

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大黒様も腹を撫ぜられて丸く窪んでいました。それでも笑ってる。以前、京都の池田屋で柱の刀傷、を見ましたがこれもなでなでされて艶やかに滑らかなくぼみになっていたのと同じ。人の皮膚でも何万、何億、何兆回と触れるうちにやすりの様な働きをする。木でも石でも擦り減らすんだからすごい。白い御狐様は親子そろって怖い顔。奥に進むといるわいるわ狐が赤いよだれ掛けを着けて数千体寄進されていました。中には良く知られた芸能人の名前もありました。

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豊川稲荷の門前で昼食。稲荷、蕎麦、田楽のセットをいただきました。田楽と聞いて蒟蒻を思い浮かべましたが豆腐でした。豆腐田楽これが美味かった。専用の漆の入れ物に二本の串に打たれた味噌田楽。御代わりをしました。写真に撮ろうと思う間に田楽に手が伸びて結局撮れませんでした。鰻が香ばしく焼けた稲荷ずしも絶品でした。これも写真に納めようとしましたがすでに無く後の祭り。食い終わってからあゝそうだと気付くめでたさ加減です。お土産を求めてうろうろ。
稲荷ずしを買って夕方の豊川稲荷を出発。途中A子さんを平塚で降ろして小平の我が家に着いたのは午後九時前でした。今回の走行距離は916Km.でした。

次回の旅行はゴールデンウィーク。昨年行きそびれた能登を満喫してきます。東尋坊から能登半島を一周の三泊四日。すでにゲストハウスも抑えて用意万端。楽しみじゃ。

塩田剛三先生直伝
合気道 小山田道場

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