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今朝、起きたら。。の巻

 5月の旅行を栃木に決めた。那須塩原温泉。行ったことないので楽しみです。なぜここに決めたか実はよく覚えていません。その辺が不思議。行きたい所、調べたら栃木でした。一つ思うことは私の妻の両親が栃木出身。北関東って昔から田舎だよなと思っていた若かりし頃の自分がいます。日本中、今はそうじゃないよと知っていますが、とりあえずは近場の思い込みを消していきたいと思います。

暮らしの中の合気道

アカデミー賞。。の巻

 Everything Everywhere All at once を観て来た。
 主人公は中国人。最初上海辺りで作成されたのかと思いながら観ていました。英語:中国語7:3くらいの割合かな。同一人物が中国語で話してるかと思えば次の瞬間は英語で話す、というようなごちゃごちゃした感じでした。
   構成は3部構成でEverything(part1) Everywhere (part2) All at once(part3)となっていた。どこかで経験したような構成だなと思いながら観ていました。はたと気が付いたのはインド映画「RRR]でした。このインド映画は超面白かった。RRRで肩車で格闘する描写があるのですがそれはそのまま「EEA」がパクっていました。第一題名が長すぎる。EEAで良かろうと思うがそれだと露骨にRRRを想起させてしまうのでよろしくないということでしょうか。三部作と言ってもどこがどう異なるかを語りつつも全体に繋がりまとまっている、というのが基本だろうと思うがEEAはどこがどう異なり繋がっているかさっぱりわからんかった。途中で寝落ちました。ただワイワイ騒いでいるだけの印象で格闘シーンはカンフー映画なんだが悪乗りが過ぎて面白くない。第一なんだその衣装とメイクはと言いたくなる。
 物語の世界は最近取りざたされている科学分野、マルチバースの宇宙空間(無数に同じ空間がありすべて繋がっているという理論)ということで各空間に自分がいるのです。その世界を無様に行き来しながら、簡単に言えば自分を探す?家族を探す?最後は絆を見つけるみたいな内容だと理解しましたが何が何だかわからん映画でした。娘がレズビアンで最後は主人公もそうなるくだりはどんな必然性があるんじゃ。アメリカの映画業界が、人種差別、女性蔑視、性的マイノリティーへの偏見でかなり非難された時期があったと思いますがつまりはそれらへの政治的配慮の結果のアカデミー賞かな?ホントにアメリカで大ヒットしたのかい?というのが私の感想です。

暮らしの中の合気道

あらためて観て来た。。の巻

 トップガン 面白かった、観るのは二回目だけど、先日の飲み会で三回観ましたと言う人がいてまた観ようかと思ったらイーオンでまだやってました。結構人が入っているのに驚きました。
 あらためて観なおしても面白い。生身のトム・クルーズ凄い。ミッション・インポッシブル、また始まるようですが観に行くぞ。

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仮面ライダー。。の巻

 実は私の世代ではないのですが、何故?映画の予告を見た時にいつも行ってる奥多摩のダムが写ってた。そこで仮面ライダーが格闘する。そのダムの斜面を転がり落ち踏み留まる映像はどうしたんだろう。まさしく奥多摩の小河内ダム。を、予告で見た時に観てみようと思いました。
 小河内ダムの映像いっぱい使われてました。おいおい、ダムのそっち行っても行き止まりという場面もブウーっとバイクは走ります。
 結局、面白かったか?問われればそれなりに、と言うことしかできません。
 YouTubeで仮面ライダーの一作目を確認したら、これと同じ発想の映画だと気づかされました。監督世代の「シン・仮面ライダー」を自らで創った。
 ただしテレビ第一作目の奥多摩の小河内ダムは今のように整備されず荒れ果てた風景でした。

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駿府城公園。。の巻

 駿府城は元今川氏の城だったところ。今川氏全盛の義元の時代に家康(幼名 竹千代)が19歳までの12年間人質として生活したお城。そして晩年を過ごしたお城でもある。
 現在では内堀以内に復元建造物が存在し外堀までは当時の武家屋敷地跡は県庁、裁判所、学校などが立っています。内堀には水が張られ船で一周できます。
何を見るかと言えば石垣。時代ごとに石垣の組み方が異なりそれを船上から見て巡る。石垣好きにはたまらない趣向。
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葵船 三艘の船があり船名は駿府大黒丸、駿府茜丸、駿府紫雲丸。写真の船は模様からみて茜丸。
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11人乗り 全長6.73m 全幅1.8m 船底0.51m お堀自体が深さ1mほど。
船内はこんな感じ
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人が乗ると天井が低いのがわかる。乗り込むのににじりよって乗船しました。茶室のにじり口です。
どうしてかこれも後からわかります。
人が乗るとこんなです。北御門から乗船。
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石垣を羅列します。石垣のない所は安政の大地震で倒壊した部分。江戸も後期で戦のない時代にあったので修復はしなかった。というより江戸も後期になると幕府にお金が無かった。
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整然と組まれています。
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石に工事に携わった各藩の刻印があります。そういうのを探して見るのも面白い。
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東御門 巽(たつみ)櫓
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安政の地震で櫓の青銅製のしゃちほこが堀に転がり落ちた。それが発見されたのが戦後のことでした。この場所です。坤(ひつじさる)櫓
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お堀の周りには近代的な建物が建っています。多くは公的建物です。先述したように当時は武家屋敷だった所。安政の地震で武家屋敷も完全に倒壊したそうです。
遠くに見えるのは乗船した北御門の石橋。この石橋が1m位に低い。
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近づくとこんな感じ。水面ギリギリ、この船の高さじゃくぐれない。さてどうなるか、船の屋根が前方にお辞儀をしていくのです。それに伴い人々も船の床に頭が着くくらいお辞儀をしていく。
下に~下に~という状態です。
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この遊覧船の企画をした県庁の職員はこの橋の下をくぐれる船はないかと日本全国中調べたそうです。すると一件だけ九州に見つけたそうな。それを分けてもらったお船でした。

駿府城公園内の紅葉山庭園  
里の庭、海の庭、山里の庭、山の庭 四種類の主題で作られた日本庭園です。
ぐるりと一巡り。
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桜も満開 桜の間に透けて見える建物は静岡県庁 展望台があるので行ってみました。
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少し小腹がすいたので、しぞーかおでん。はんぺん 牛筋、大根、黒蒟蒻を頂きました。
この写真見て足らないものがあるのにお気づきでしょうか。そのと~り だし汁 これがないとおでんの味が完璧にならない。妻に言わせるとおわん型の容器は高いのだそうです。経費削減か?ホテルで買ったお土産のおでんは美味かった。やっぱだしが効いてるものは美味い。
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家康像 後ろに見えるのは発掘現場 何の発掘かって?
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家康は築城の時、今川氏の遺構を全て埋め尽くしその上に駿府城を立て直した。そこでこの駿府城公園では今川氏の築城した当時の石垣、遺構などを発掘調査している最中。
この石垣は今川氏が建造したもの。
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かなり広い。ここにはお城好き 落語家の昇太さんも来たようです。資料館に色紙がありました。
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今日は休日ですが展望階は開いていました。静岡県庁21階からの駿府城公園
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この後桜エビを食すべく有名なお店くらさわやに行ったのですが待ち人もいて時間も遅かったのでNGでした。このお店、狭い道を行くのですが途中、薩埵峠(さったとうげ)の道案内がありました。急峻な斜面で驚きました。浮世絵でもこわごわ覗く旅人が描かれています。
仕方なく帰路につき富士川で漁師の獲れたて生シラス丼、アジフライを頂きました。美味しかった。お土産に生シラス、エビ買ってきました。

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宇津ノ谷峠でひどい目にあう。。の巻

 旧東海道を歩いてみようということで東海道に峠はいくつもあるが宇津ノ谷峠に行くことにした。
 道の駅宇津ノ谷峠に車を置き歩き始めました。
 国道1号線を車やトラックがひっきりなしに走り騒音がひどい。大きな歩道橋を渡り旧東海道に向かいました。
国道の脇に咲く菜の花
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旧東海道 当時もこんな感じで民家やお店があったのだろう。電柱はないけど。
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峠道 上りが続きます。足元の側溝でカエルがゲコゲコ鳴いて驚かされました。向こうも驚いたようで3匹固まって逃げ出しました。一匹はほかの背中によじ登りつつ逃げていました。啓蟄
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まだ広い。
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こうした道の脇に人が一人通れるような細道があった。看板を見るとそれが旧東海道。ひぇ~
こんな道が東海道かい。とりあえず行ってみた。そしたらすでに道は荒れて瓦礫と化している。石がごろごろしている。危ない感が半端ない。写真撮るどころではない山登り。地図を見ながらぐるりと一周して道の駅にたどり着いたが疲れました。峠の頂上に向かい下山するルートが旧東海道で実は明治9年に東海道を整備してトンネルが掘られています。
明かりが燈っていますが夜間は消灯するようです。夜こんなところに来る人はいないでしょう。
明治トンネル。
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内部はこんな感じ。中に入ると向こうから風がびゅ~っと吹いてくるのでした。
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実はこのトンネルを先にくぐり前述の旧東海道を歩いて戻ったのでした。このトンネルの真上が峠の頂。大正トンネルもありましたがそちらには行きませんでした。
そして宇津ノ谷峠道の駅から清水に向かうのでした。

暮らしの中の合気道
合気道 小山田道場

まずは,とろろ汁。。の巻

 今回は歌川広重 東海道53次のうち「丸子 峠の名物茶屋」に行くのが目的だった。
丸子 名物茶店|歌川広重|東海道五拾三次|浮世絵のアダチ版画

上がくだんの浮世絵。それが今の時代に存在する驚き。
そのとろろ汁を啜りたくてやってきました丁子屋さん。旧東海道沿いにあります。
1596年、慶長元年創業その5年後に関ヶ原の戦い。
外観は古民家然としています。実際近所にあった農家を買い取り浮世絵に模して移築し国の有形文化財に指定されているようです。
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鞠子とありますが丸子とも表記されます。要するに両様です。
DSC_2704.jpgこのあたり桜はまだでした。

十辺舎一九の碑がたっていました。東海道中膝栗毛
「けんかする 夫婦は口を とがらせて とびとろろに すべりこそすれ」
弥二さん喜多さんがとろろを注文するがその支度の途中茶店の夫婦喧嘩が始まりとろろ汁が辺り一面に飛び散りその中でのくんずほぐれつ隣のおかみさんが止めに入るが巻き沿いで三人が三人ともとろろですべって収拾がつかず結局、弥二さん喜多さんは食べ損ねた。広重の浮世絵ではその二人にとろろを食べさせている。

作家 岡本かの子氏が丸子を訪れ、とろろを啜る文章の碑もありました。
 午前の陽は流石に眩まぶしく美しかった。老婢が「とろろ汁が出来ました」と運んで来た。別に変った作り方でもなかったが、炊(たき)立の麦飯の香ばしい湯気に神仙の土のような匂いのする自然薯は落ち付いたおいしさがあった。私は香りを消さぬように薬味の青海苔のりを撒(ふらず)に椀わんを重ねた。
芭蕉も訪れ「梅若菜 丸子の宿の とろろ汁」と詠んでいます。
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そして入口
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店内はこんな感じ。入口からすぐ左側。私たちは奥の部屋に案内されました。結構広い。開店30分ころに着いたのですが待ち人が多くいました。私たちが帰る頃には店外にも待ち人が多く増えていました。
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来ました、とろろ汁。自然薯を自家製の白味噌で溶いたもの。むかご揚げ団子を一品つけました。
私のお椀はなかなか蓋が取れなかった。
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おひつに麦飯がたっぷり入っています。
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さて、とろろ汁をかけていただきます。
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それがこれ ざぶざぶとすすりあげて食す。ほんとに旨かった。お土産にとろろ羊羹を買いました。
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食後は旧東海道をぶらぶら歩き。宇津ノ谷峠に足を伸ばすのでした。

暮らしの中の合気道

帰ってきました。。の巻。

疲れた~というよりWBC見なきゃ。ホテルで朝4回までに3点取られたのを見たけど旅立たなければならなかった。駿府城公園を歩いているとき子供が見ているアイパッドでお立ち台に立つ?日本語が聞こえてきた。あ、逆転したなと思った。ラインで息子が「野球すごいよ。」連絡が来た。日本の勝利を確信した。さて、今再放送をしている。旅の話は次回。

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