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年末旅行、リベンジ。。の巻。

旅行も最終日 5年前に来た三保の松原は曇りで富士も見られなかった 今日はリベンジ

まずは羽衣の松 三代目
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松林 砂地に生い茂る 海沿い
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天女降臨 老いたな~ 
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さて松原を抜けると現れました 富士山 5年前はお隠れ遊ばしていた
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笑顔にっこり こんな光景が続く 富士山を目の前にこんなに歩いたことはない
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4kmほど続く遊歩道 ここは自転車も走れる
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端っこまで歩くと清水灯台 ここから引き返す
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疲れたので一休み 安倍川餅 気温が低かったので ちと固い お土産に買ってきた
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お昼は 清水エスパルスプラザ 選べる海鮮丼 三種 鮪の大トロ うまかった
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その後は 久能山東照宮 日本平
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東照宮
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お祓いを受ける人がいました 陽光がまぶしい
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どうする家康 霊廟 日光東照宮と同じ 
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日本平から 雲がわいた
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午後3時半過ぎ さて帰ろう お土産携えて帰ると家族Lineしたら 空が広い 天気よかったね
と返事がありました 二日目に長男に送ったお土産はすでに届いたとありました
帰り着いたら真っ暗 
途中 足柄SAで夕食用の わっぱ飯買って帰りました でメタし でメタし
あ~疲れた

暮らしの中の合気道


年末旅行、その三。。の巻。

二日目の朝 海陽閣の食事は豪勢でした 美味しいDSC_2533.jpg

この日は吉田城址 そして妻が豊橋で市電に乗りたいというのでひとっ走り行きました
吉田城址は豊橋公園内にあるかつての城郭の一部 歌川広重の浮世絵にも吉田としていくつかの作品が残っています 戦時中には陸軍第118連隊が駐屯していた
公園内にポツンと建ってます
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高校生が制作した吉田城の模型
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そして石垣 公園そのものは広くて迷子になった 城跡と同時に軍隊の練兵場だった場所だから不思議はない
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さて 市電 何故妻が市電に乗りたいにかは定かではないが 乗っていて楽しかった 小学生のころ日比谷から常盤橋まで都電に乗って通学した 当時はトロリーバスなんてのもあった 今でいうところのEV車 都電と同じように架線から電気を取り込み走行する 都電もトロリーバスも当時の車社会に飲み込まれて消えていった それはあなたとんでもなく怖い車の込み具合でした スピード出すし
市電は全線どこも一律180円 豊橋駅から赤岩口駅まで所要時間は22~3分
井原駅で90度カーブを曲がりながら運動公園駅に行くルートもありこの90度曲がりを見に来る人もいるという 私たちは赤岩口に市電の操車場があると観光案内所で聞いたのでそちらを選択 何か美味しいごはん処を聞いたら 豊橋はカレーうどんに力を入れている ということで有名らしいお店を教えてもらった
豊橋市内を車とともにをのんびり走っています かっこいい車体です
豊橋公園の市役所前駅から終点の豊橋駅まで4駅でした
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豊橋駅構内までの歩道橋から
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再び出発 黒い市電も走っていました
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車窓から
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車と同じ信号に従う 大きな曲がり角にはさすがに市電専用の信号がありました
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満足そうに乗っています 確かに乗っていて楽しかった 写真で見るように線路が敷石上を
うねうね曲がっています しかも線路の際は長年の使役に耐えかねてえぐれてる 
豊橋市民も揺れる 
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車内
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終点 赤岩口の操車場 おでん車なる市電もありました おでんが食べられるらしい
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途中途中の駅は幅が60cmくらいの幅で道路真ん中にあります その駅からの眺め
ここは市役所前駅
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帰り道 豊橋駅 架線を引き込む柱がレトロです
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お昼は並んで待ちます 教えてもらった饂飩店
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いいお顔
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店内 色紙がいっぱい
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混んでいます 外には行列
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これは市電の1日フリー乗車券 今日はクリスマス
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そして出てきました カレーうどん 底には とろろご飯が埋もれてました カレーは 辛口
天ぷらが載っています かぼちゃ ナス 鳥のかしわ 鶉 
うずらは豊橋の名産ということでした 美味しかった
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満腹になったところで再び市役所駅に向かいます 目的は豊橋市役所の13階展望ロビー
市内が一望できます そしてイタリアンレストラン こすたりか City-garden があります
ここで妻はホットコーヒー 私はウインナーコーヒーにケーキセット 好きなケーキを三つ選べる
抹茶ケーキ 紅茶味のシホンケーキ クリーム添え チョコレートケーキ どれもおいしかった
残念なことに写真を撮り忘れた 店内の様子だけ撮りました

市役所とNHK豊橋局
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豊橋公園 市内
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テレビ塔
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レストランの窓から 
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店内の雰囲気 この後お客さんが急に増えました 私たちは福の神 ランチもおいしそう
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吉田川 
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展望ロビー 吉田の手筒花火 ここだったのか 市役所近くに吉田神社がありました
妻曰く あんなに小さい神社でやってたの だとさ 確かに狭い トヨッキー
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市役所の近くには立派な豊橋公会堂がありました 戦時中は豊橋も爆撃にさらされ市電を含めて市内は壊滅的な被害を受けたようです 公会堂は助かったのかな 昭和6年竣工
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この後 豊橋公園駐車場から清水へと向かいました 高速道路を走って2時間ほど
食いたかった しぞ~かおでん うまかった 
たまご 大根 黒はんぺん 白焼き もつ串 富士の白雪 いか姿焼き 各一つ133円
弁当屋 天神屋さんのおでん 汁まで旨かった アーケード街 他の店は軒並み閉まってた
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富士の白雪って何だろう それは ひ・み・つ 目玉の親父がそれです

暮しのなかの合気道


年末旅行、その二。。の巻。

 おさかな市場で夕飯を調達。ホテル三河海洋閣海洋閣まで7分。近くのコンビニでビールとウイスキーの小瓶を買い込んでやっと到着。ここまでは良かった。
 受付で名前を告げると宿泊名簿に名前が無いと言われ事前に印刷しておいた予約票を見せる、ちょっとお待ちください、と言われ待つことしばし。だめなら近くのビジネスホテルでもとスマホで検索するとありました。ここへ連絡するか迷っているところへ受付係がやってきて「空いている部屋がある。」と言われほっと一安心。外は真っ暗。風呂に入ってビールを飲んでくつろぎました。予約した部屋よりも広く快適でした。

朝、カーテンを開くと目の前は海でした。昨日は全く気付かなかった。
写真の緑の敷地はドッグラン。白いパオのような建物が3つあり犬と泊まれるようになっています。
このホテルはペット同伴可なのです。ちーちゃんが元気だったころ他にもあるこうしたホテルを利用すれば寂しい思いもさせずにすんだのに、でもな、ちーちゃんすぐに車酔いしたから無理かな、とも思いながらドッグランを走り回る犬を見ている自分がいました。
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朝ごはん美味しかった。
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さて、今日は竹島観光。車で20分くらい。まずは水族館の無料駐車場に車をとめる。朝も早いので
人影がない。朝九時から開館。竹島水族館
 水族館の脇にはお店やレストランがあるのだがシャッターが下りていて営業していない。シャッター街になっている。
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館内は薄暗い。スタッフによる説明書きが面白い。またそれが受けているようです。さてお魚。
ブラックアロワナ
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マンチャデオーロ 黒地に白いスポットのエイ珍しい。初めて見ました。
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オキシドラ 不気味です
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ウツボちゃんの乱舞 このような見せ方がこの水族館の売りのようです。ウツボ舞台
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なぜかカピバラ リクガメと一緒
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横から 係員の女性が妻に一生懸命説明してくれていました。
実は昨夜のTVで野生動物の番組を放映していました。その中に野生のカピバラがジャガーに襲われるシーンがありました。ジャガーはジャガーで水辺で水を飲んでるところワニに襲われていました。
怖い怖い。保護されている動物はのんき?
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水族館の後ろが竹島 この日は風がむちゃくちゃ強かった 寒風が吹きすさんでいました 
園地には蒲郡を開発した 公家であり歌人でもあった藤原俊成の銅像が立っています
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園地から竹島を望む 
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御覧のようにどんよりした天気です
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さて、387m渡るぞ 渡り始めると海風の強さに吹き飛ばされそうになる 寒い ぴーっっと凄い音がする 陸地ではこうした音はしない この写真の後ろに昔の八百富神社の赤い鳥居が立っている
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八百富神社の白い鳥居 昔、橋が無かった頃は引き潮で海底が現れて歩けたようです。
三河湾は遠浅でこの橋の下あたりでも直ぐに海底が見える
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裏側 大正4年とある
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石段を登っていくと最初に 宇賀神社 そういえば昔会員に宇賀神さんがいたなと思いだした
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そして八百富神社
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島の反対側には竜神岬があります 竜神の松
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竜神岬 立派な松の木 左脇の階段から岩場へ降りられます
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竹島の突端 島では先ほど橋上での風の音はぴたりとやみました 建物や木々が風を遮るのでそれほど風も強くない
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周囲の景色
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遊歩道を歩きます
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途中 焙烙(ほうろく)岩があります 灯篭ですね
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無数の海鳥が群れていました 流れ着いた藻に魚の稚魚がいるのかもしれない 
海鳥だけではなくトンビ、カラス、鳩、寒風の中を飛んでいました。
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海辺の文学記念館 常盤苑DSC_2515.jpg

海辺の文学記念館
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名だたる文豪が蒲郡について作品の中に書いています。特にその当時蒲郡にあった常盤館について書かれています。かつては常盤館に動物園があったようです
玄関からの眺め ずらりと蒲郡を描いた作家たちの写真 その文章も紹介されていました
天井にあるのはかつての常盤館の透かし彫りの欄間かな 立派です
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玄関方向 当時使った食器類があります
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床の間 どこに行ったかと思ったら妻は椅子に座って寛いでいました 穏やかな時間が流れます
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妻の見ている景色 竹島が望めます
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左手は常盤苑の中庭 
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海辺の文学記念館には時手紙なるものが存在する 未来の自分に手紙を書く 
記念館で保管し未来の自分に郵送してくれる 
2か月~5年先 500円 5年1か月~8年後 700円 8年1か月~10年後 1000円 /1通あたり
記念館にはこの時手紙の取材で竹中直人さんが来館したようです 写真がありました ハリセンボンも来たようで色紙がありました

腹減った さてお昼
この時代のついた建物は蒲郡クラッシックホテル 駄目もとでここで昼食がとれるか寄ってみた
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玄関を入ろうとすると サッとドアが開いた 見るとドアマンの手動扉でした 
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流石に今日は一杯 予約がないと無理 クリスマスイブ ここで過ごす人もいるんだろうな

ということでここから車で20分 予定通り 和食処「山女魚」へと向かうのでした
時代のついた食堂です
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店内 失礼
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海老フライと蠣フライを頼みました 蠣がゴロゴロ 分け合いました みかん甘かった
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寄ってみました 生命の海科学館 
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地球46億年の歴史
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御覧の通り
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どうやって吊り下げたんだろう
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館内は地球の歴史で埋め尽くされていました 展示パネル 映像 顕微鏡 実験装置 など駆使して地球の謎解きでした 一つお利口になったことは水を含んだ隕石があるということ 地球が誕生して6億年後にはこれらの隕石が地球上無数に落下して海ができた っていうけど握りこぶしほどの隕石に大きいスプーン一杯程度の水 どんだけ降り注げば海になる? 量もそうだけど時間もどんだけ?

今日は少し明るいうちにラグーナテンボスでお買い物をして ホテルに戻りました
明日は豊橋で妻が乗りたがっていた市電に乗るぞ 

暮しのなかの合気道


年末旅行、その一。。の巻。

 毎年年末に旅行に行く。まとまった休みが取れるので大体、5月、8月、12月に三泊四日の旅に出る。今回は蒲郡に行った。途中、浜松で餃子をいただきその後、神社と浜松城に寄った。浜松にはジオラマファクトリーがあり情景作家山田卓司氏の作品を堪能した。
 
浜松餃子石松本店に到着。昼はここでと決めていた。看板にあるように丸く並んでいる餃子が特徴で真ん中に味付けのないもやしが添えられている。
多くの餃子を丸いフライパンで焼く発想から生まれた形。
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昭和28年創業というから私の一個先輩。従業員の女の子の笑顔が素敵でした。
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人気店のようで1時間待ちにもなると聞いてきたが開店前に並ぶ人もなくガラガラでした。平日だからかもしれない。老夫婦は丸い数ある餃子は食べられないので普通の定食を頼みました。
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手前、私は「焼き焼き餃子定食」後方、妻は「石松餃子定食」を頼みました。
何が違うかといえば私の手前の皿、前列は肉餃子(お肉たっぷり) 後列は石松餃子(キャベツたっぷり)見た目は同じなので区別付きませんが肉餃子と野菜餃子半々が「焼き焼き」野菜餃子のみが「石松餃子」と相成ります。さっぱりしていておいしかった。このお店の真向かいが同じ規模のウナギ屋さんでした。ここから浜松八幡宮へ向かいます。浜松城まで20分ほどですがその途中に鎮座ましましています。

浜松八幡宮の鳥居 石造り
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由緒書き 武家の信仰の篤い神社でした。
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どこかで見たような風景
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樹齢400年といわれる大クスの木。家康、織田軍部隊が武田信玄に大敗を喫した三方ヶ原の戦で逃げる途中、家康が隠れ潜んだといわれる人一人入れる洞がクスの木には開いています。
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ちっちゃな子を抱いた若夫婦がお参りしていました。
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そして徳川家康の居城、浜松城へ突撃。家康が最初に築城し、まさしく一国一城の主となった城。出世城といわれ江戸幕府の要職を担った大名は必ずこの城の城主を務めていた。
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建物はレプリカだが石垣は当時のまま本物。家康代々の城主が目にしていた石垣。

浜松城公園の坂道を登ってくると最初に目にする光景。桜の頃にはお城も栄えて見えるでしょう。
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さらに行くと
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城の建つ左側の空間が開いていますが実際にはそこまで天守が立っていた。
石組みが圧巻です。
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天守から見る天守門
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若き日の家康
当時の武将、侍の命の軽重はいかほどだったかと思うが家康は「将たるものは生き延びねばならない。」と息子たちには教えていたという。将たるものが習うべきは馬術、水連、他のことどもは部下がやる。つまりは逃げる技術は身につけろという教え。
「逃げることは恥じゃない」を実践していた武将でした。幼い頃からの人質という境遇がそうした知恵を育んだかもしれない。
三方ヶ原の負け戦では夏目吉信という家臣が家康の身代わりとなって討ち死に。
この吉信の息子がのちに家臣間のいざこざで刃傷沙汰を起こし徳川家から脱走、夏目家断絶。
ところが大坂の陣の時に密かに帰参していたこの息子のことを家康は知っていて「わしが今あるのはそちの父のおかげぞ。」そして家康の跡継ぎ秀忠の家臣に加えて夏目家再興となる。
将たるもの勇猛果敢だけではなく情にも熱い。
その遠い縁を巡ってこの夏目家に生まれたのが金之助、これがのちの夏目漱石。
人の縁は不思議なものです。
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浜松城には計十本の井戸がありその一つはお城の地下にあったようです。水は無いが小銭が一杯。
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浜松城から南下して五社神社お参り
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人の得心は神仏が手本です。

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人世は阿吽の呼吸。筋肉ばかり目立つ狛犬。

車は浜松城の無料駐車場に置いて五社神社から浜松駅まで歩きました。
来年の大河「どうする家康」どこ行ってもポスター。今日は家康君「雪だるま」持ってます。
この家康君の前は四段くらいのちっこい広場の階段がありそれを上がって撮影したのですがその直後段差にある穴、まさしく見た目「穴」から水が噴出してきました。決して噴水ではない場所。
いったい何だったのか。単に追い払われただけなのか未だにわかりません。スタバで休憩。
にしても浜松は大きな駅、街、大都市です。わが町小平とは大違い。
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地図で見つけた浜松ジオラマファクトリーに行きました。これが面白かった。昭和を彷彿とさせる作品が沢山ありました。
入り口には「カネゴン」懐かしっー 爺にとってはレトロ感満載の場所でした。

あしたのジョー
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マンモス西が「うどん」持っているのが笑える。このマンモス西、ボクシングにつきものの減量に耐え切れず夜中ジムを抜けて屋台で饂飩を食い、杖ついて隻眼のだんぺいおっちゃんにこっぴどくやられるのでした。それを踏まえたジオラマ。
ジョーのために酔いどれ生活から足を洗い今は見なくなった土方(どかた)仕事をして立てたジム。ここからジョーは世界を目指す。
屋根をめくると丹下健闘クラブのジム内。ちょっとピンボケ。良くできてます。
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実はこの次の日、この日は23日だから24日 NHKでフォークシンガーの財津和夫氏が50周年最後のコンサートの旅に出かけるという放送をしていた。チューリップ懐かしい。どんどん消えていく時代の懐かしさ。その中で「明日のジョー」みたいな終わり方はしたくないと言っていたのが印象的でした。死んだのか、生きているのか分からない終わり方は嫌だと。
 確かに世界チャンピョン、ホセ・メンドーサと戦い、メンドーサはジョーと戦ううちに恐怖にとらわれ髪の毛が真っ白に変貌してしまう、実際にはあり得ない現象だけど、変貌していても生きている。かたやジョーは試合終了後静かにリングの片隅の椅子で静かに目をつむり頭を下げている、そんな場面で終わるのが「明日のジョー」でした。この後、ジョーは生きてるのか死んだのかと世論は沸騰したものでした。人生をはっきりさせたい。

話は変わります。
私が幼稚園の時に女の子に付き合わされたおままごと。興が乗るとごっこ遊びも面白い。
ねえ、あなたご飯よ。などとおもちゃの茶碗にご飯のあるつもり。お代わりしてね、とお椀にみそ汁があるつもり。このたくあんおいしいわよ、とあるつもり。完全にイマジネーションの世界でした。まったく他愛もなくおままごと、お医者さんごっこをしたのもこの時期でした。道端の昭和時代
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作家の団欒。ジオラマの中にジオラマ。良くできてるな~
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動きのあるジオラマ。泥棒と警官
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懐かしいウルトラマンシリーズ沢山ありました。ガンダムもあったけど私の世代ではありませんでした。少なくとも私には興味がなかった。ミリタリーシリーズ、海外の風景など様々なジャンルのジオラマがありました。山田卓司作品

この後、蒲郡に向かいます。午後5時過ぎると真っ暗です。夜のご飯を求めて蒲郡ラグーナのおさかな市場に向かいます。泊まるホテルでは夕食を頼んでないので弁当買いこみ。
ラグーナに着くも真っ暗で入口がわからない、なんじゃこれは、入口に看板と明かりくらい用意しとけ!!遠くに建物は見えますが車道がわからん。同じところを「へんなホテル」を起点に二周ほどした。私の車のナビも性能が良くないせいもある。結局、Googleマップナビでご入場。運良く私達の前をいく車もおさかな市場に行く車だったので助かりました。一度は逆走しそうになった。
ホテルに着いてまた一波乱。それは明日の心だ。

暮しのなかの合気道

楽しみじゃ。。の巻。

 明日は蒲郡に向けて出かける。途中、浜松で昼餃子をいただく。鰻は有名だが実は浜松餃子も有名だったとは知らなかった。餃子石松本店に寄ってから浜松城周辺観光。鰻の有名なお店もあるので帰りにまた寄ろうか。夕飯は蒲郡のおさかな市場でいただく。
 二日目は竹島など経めぐり三日目は三保の松原に行く行程。
 行ってきます。
暮しのなかの合気道

爺の時間。。の巻。

 時間があったので、むさし村山、タクリの湯の不感温泉に浸かりに行った。珍しく海外の人が訪れていた。他人との裸の付き合いは時代を経ても日本人には習慣だけど異国から来た人には冒険かもしれない。と思いながらも見ていると楽しんでいました。そーだよね、日本観光で温泉外したらつまらん。でも、私的体験では草津の湯でも外国人が湯に浸かっているのは見たことがない。
 そして今日の昼は、天丼、食った。これがそれ 美味かった。
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明日は稽古後、新品PC買いに行く。

暮しのなかの合気道