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そうか。。知らなかったの巻。

 今ロシアがウクライナを侵略している。ロシアはナポレオン帝政時代にも侵略されたがロシアの気候冬将軍に撃退され、その後はドイツに侵略されて、独ソ戦。それよりずっと以前にはジンギスハンがロシアを含めてヨーロッパまで侵略。つまりはあの広い国土を侵略された歴史がプーチンのトラウマ。
 日本の歴史を振りかえっても日露戦争は日本の勝利。ロシアは勝たない国だった。
 何を知らなかったかといえばウクライナの首都キエフが昔のロシアの首都だったということ。
 取り戻したいという願いが、かつてのソビエト崩壊を恐怖の目で見ていた若かりし頃の共産党委員、現大統領プーチンに、あっても不思議はない。

暮しの中の党員


南総2日目。。の巻。

二日目は城山公園を散策。ここには館山城址天守閣が再現されています。房総の戦国大名里見氏が治めていた土地。家康が大坂夏の陣の先年、外様である里見氏最後の殿様、忠義に伯耆(今の鳥取県)へ国替えを命じた。殿様忠義は帰参を決意するがままならず29歳、伯耆で死ぬ。その殿様に殉死した8人の家来がいた。滝沢馬琴はこの史実に着想を得て「南総里見八犬伝」を執筆したという。それにしても28年書き継いだというのは「こち亀」に匹敵しますな。この8剣士の遺骨が伯耆から持ち帰られてこの城山公園にあるのです。万葉の道というと典雅な印象ですがナンのことはない山中の手入れのされない荒れた道を辿り行くのです。

天守閣再現 一階は「八犬伝博物館」坂本九のナレーション、当時のNHK八犬伝を放映していました。懐かしさもあって二話ほど見ました。半世紀近く経っても面白い。撮影不可
二階では館山芸術大使「画狂人 井上文太展」が開催されていました。画狂人とは北斎が晩年自らを呼称した画狂人卍にちなんでいるのでしょう。文太も俳優菅原文太を敬愛するがゆえに付けた由。
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これを見れば誰もが「あ~」と思い当たるはず。
「新 三銃士」のデザインを手掛けた画家です。
他にも動植物、海の生き物など面白い絵が沢山展示されていました。ここは撮影可でした。
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曲輪に当たる場所には浅間神社がありました。
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曲輪からの眺め。
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そして天守からの眺望。
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万葉の道を辿り着いた先の8賢臣の墓。山中にひっそりと佇んでいます。お参りしてきました。
南総里見八犬伝では8剣士に守られて安房の国は栄えた、で大団円になっていますが現実は厳しかった。
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城山公園内には館山市立博物館もあり興味の尽きない場所です。館山市立博物館では昭和初期の写真館主人が撮りためた写真を公開しての郷土史を紹介しています。ここではアッという間に2時間半近くの時を費やしました。帰りに🍓を箱買いしてお土産。

ここから洲崎神社に行きました。安房国一宮 洲崎大明神と言うらしい。ここの階段、疲れたが鋸山と比べれば屁でもない。
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ここから上る。
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えっちらおっちら
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社殿。中の白いものは何?
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ごらんのように近くで見ると光の反射で社殿内は明るい。
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富士山遥拝の鳥居。残念ながら今日は見えません。富士が見える時にはこの鳥居下にスッくと立ち上がるそうです。
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フラワーラインをひた走り。去年の逆を行きました。去年泊まったホテル南海荘を左に見て犬吠埼灯台が見える公園で一休み。画面中央左に白いのが野島﨑灯台、右手茶色い建物が南海荘。
 妙に懐かしかった。
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ここでもパチリ。二人しかいないからしょうがない。
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道の駅鴨川オーシャンパークへ向けて走る。千葉は道の駅が沢山ある。遅い昼。
妻が頼んだ銀丼 
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私は刺身定食。美味しかった。これからは肉は要らない。魚がイイ。黄色いのは🍊ゼリー
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この後、安房鴨川駅を右に長狭街道14号線を東京湾フェリー金谷港めがけて東から西へひた走ります。房総半島横断。1時間半位で着きました。港は車とバイクでごった返していました。昨日とは大違い。祝日ということもあるのでしょう。すべての座席が埋まっています。テーブル席でポテチとファンタを飲んでました。妻は午後の紅茶。
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東京湾は船が多い。
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東京湾の夕日
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帰りのフェリー、40分があっという間でした。久里浜に着いた頃は夕暮れ。高速を乗り継いで午後8時頃帰り着きました。

暮しの中の疲労

南総1日目。。の巻。

 家を午前11時10分に出て久里浜に着いたのが午後1時20分。東京湾フェリーに乗船する前に腹ごしらえ。妻は海鮮丼、私は横須賀海軍カレーを頂きました。

ピンボケ海鮮丼
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海軍カツカレー美味かった。 ルーがトロトロで飲み物のようでした。葉山牛のコロッケも頼みました。これは妻と半分コ。美味しい。カレーに付いているのかコロッケにか分かりませんが牛乳が一杯。これが濃厚で美味しい。
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そうこうするうちに乗船時間。いざ出発。
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この日は平日で乗船客はざっと見渡しても10人。船倉にある車は私のも含めて3台のみでした。
ご覧のとおり誰もいません。貸し切りです。
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船窓からの景色。房総半島が見えます。
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進行方向は南総里見八犬伝の舞台、南房総。
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最初の立ち寄り地が冨浦にある原岡桟橋、岡本桟橋ともいうらしい。ご覧のような分厚い雲。
冷たい風もあり波が高かった。サーファーが一人いました。50m程の桟橋が海に向かって伸びています。昔、ロサンゼルスの桟橋に行きましたが海上5m位の高さで長くて幅も広い。それに比べると貧相ですがナンか日本人好みのする風情です。電柱が立ち並び夜は点燈するようです。
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渡りました。風の強い日は波しぶきが桟橋を洗うでしょう。DSC_1659.jpg

突端でパシャリ。波がかぶっていました。結構深い。
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この桟橋から大福寺(崖観音)まではすぐなので行ってみました。崖にめり込んでいます。別の場所でもこのような寺院を見たことがある。
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手水舎が花手水になっていました。
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観音堂からの眺め。眼下に広い墓地がありました。
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寺院の天井絵。綺麗な天井。自撮りでパチリ。
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日は西に傾いています。極楽浄土はここから十万億土先にある。
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この後、里見の湯でまったり温泉気分。妻は豚丼、私は地魚グラタンを頂きました。
外はすでに真っ暗。こうして一日目は暮れました。

暮しの中の隙間


旅の始まり。。 の巻。

 明日は午前中の稽古の後、内房総館山に出かける。この日の後の稽古は指導員に任せる。
 南総里見八犬伝、楽しみじゃ。
 明後日は内房から安房小湊あたりで内陸を横切り浜金谷、フェリーの港から三浦半島に渡り帰京する。
 旅の楽しみは各地の絶景と美味しい食べ物。

暮しのなかの旅情

明後日の旅行。。の巻。

 館山には結構面白そうなところがあることが分かった。去年の逆ルートで旅してこよう。
 それにしても今回の宿、後から気が付いたが、中学生以下は駄目、69歳以上は駄目と年齢制限がある。これって差別だろう。YouTubeによれば館山の商店街がさびれてきたので活性化させる意味も含めてゲストハウスを立ち上げたそうだが活性化のために子供や老人を排除することに何か意味でもあるのか?
 チョット気分悪いが今回だけだ。

暮しの中の制限

今日の稽古。。の巻。

 今までに無かった技。否、無いのではなく隠れていた技の稽古をした。
 何かといえば、後ろ技。合気道には後ろから悪さされた時の技が型の稽古として残っている。
 今日の黒帯の研究稽古は、後ろ技襟持ち、後ろから襟を掴まれて「さあ、どうしよう。」
 今までは、養神館道場の科目では「一か条」という抑え方しかなかったが今日は投げ技「側面入り身投げ」を考察した。見事に理合いにたがわず成立する。なぜ今まで無かったのか、あるいは見せなかったのか。後ろ片手襟持ち、という技もあるが同様の捌きで成立する。
 技は教えられたものが全てではない。それまで積み重ねられた技の理合いにのっとって開発していくのが後から追う者の使命。

暮しの中の稽古
 

来週は。。の巻。

 休みに会わせて一泊で館山に行こうと決めた。去年の船旅が気に入ったので東京湾フェリーで三浦半島と房総半島を往復する。昨年は房総半島を一周したが今回は内陸を横切って行こうかと思案中。いずれにしろ海の幸を堪能してこよう。旅行を計画するわくわく感が良い。宿泊先はツネホステル館山。ゲストハウスですがドミトリーは妻が嫌がるので一室借し切りにしました。

暮しの中の船旅