fc2ブログ

明日から007。。の巻。

 私が小学5年生の頃、父親に連れて行ってもらった映画にボンドシリーズ007がある。その時は「サンダーボール作戦」だった。
 今、アマゾンプレミアムでやたら007シリーズが載っている。あらためて見るとサンダーボールは50年前以上の作品、それもこれも50年以上前の定番音楽を使っている。そこが凄い。この音を聞けば007だと分かる。
 明日から新作が封切られるようだが観に行こう。その前に、マスカレードホテルの二作目とか、総理の夫、も観てみたい。

暮しの中の娯楽

私の演武。。の巻。

 これからの稽古も工夫します。

悔しい思いをすることの多い人生。そのたびにその悔しさをバネに精進する。
体が動かなくなるまでやるしかない。芸事には引退がない。

暮しの中の合気道
合気道 小山田道

草津、朝の部。。の巻。

人がいません。箱庭のような湯畑です。時間は朝7時半ころ。
DSC_1106.jpg
ここも定番の「熱乃湯」湯もみショーを見せるところ。一回見ればいいかな。以前観た。
DSC_1105.jpg
西の河原に行く道すがら二股道を右に進むと白根神社があります。湯畑には「草津山 光泉寺」があります。白い階段を登った先に白根神社がひっそりと森に囲まれて佇んでいます。
静謐です。
DSC_1107.jpg
御神水で清めて参拝。狛犬もマスクをする時代。DSC_1108.jpg
この境内には雑木をかき分けて行くと十返舎一九の東海道中膝栗毛の草津篇と松尾芭蕉句碑があります。十返舎一九は続東海道篇でも草津を描いたようです。それにしてもこの東海道中膝栗毛は22年にも及び書き継がれたようです。書き継がれた年数で言うなら滝沢馬琴の南総里見八犬伝は28年だからもっと凄い。
さて、芭蕉翁の句碑には「夏の夜や谺(こだま)にあくる下駄の音」とある。
それがコレ 朝日に眩しい。
DSC_1112.jpg

そろそろお宿に帰って朝飯、、ではなく朝食と言い直すべきか。ムチャクチャ上品なお食事。
DSC_1116 (1)
これが美味しかった。これを見た時には一瞬「どうやって食えばいいかな?」と考えた。バンズにのっているミカン?のようなものは半熟卵に酸味の利いたソースがかかっているのです。卵とは気づかなかった。手にしたロールパンが暖かいのに感動、ワッフルも柔らかくてクリームと相まって美味しい。野菜サラダもポテトも自然薯と何かを和えて山葵が利いた、黄色の皿のもの、美味しかった。ブルーベリーのヨーグルトを食して最後はコーヒー。このお宿また来たい。今度は妻同伴で二食付きもいい。部屋まで食事は運んでくれる。

お土産を買いに湯畑まで行く。朝9時過ぎなのでボチボチお店も開く。お土産に饅頭を二箱贖いました。湯畑名物揚げ饅頭揚げたてを一ついただきました。朝食頂いたばかりでしたが少し無理して食った、のがコレ。
DSC_1118 (1)
まさしく普段の饅頭を揚げたもの。これはこれで湯畑での臨場感との対比で許せる。結構あっさり美味い。歩き食いするのに丁度良い。

ここから先はずいっと下仁田までひとッ飛び。重松豊氏主演の「孤独のグルメ」で紹介された、すき焼きの店「コロムビア」に行ってみた。
時間は昼12時頃。コロムビアの隣には餃子、タンメン「一番」というラーメン屋がありここは人が並んでいました。私も勘違いしてしばらく並んでしまった。ここも美味しいようです。
本命はすき焼き、豚スキを頼みました。値が値ごろ1300円。牛は2900円。
店内 女性が一人すき焼き。
DSC_1119.jpg
さて来たぞ。来た、は良いが実はそれほど腹も減っていないので全部、特にご飯食えるかと疑心暗鬼でした。
DSC_1120.jpg
ネギが沢山。でもね今の時期有名な「下仁田葱」の時期ではありません。下仁田葱の時期は11月。下仁田の葱だからと言って下仁田葱ではないことを知ったのは道の駅で葱を買った時でした。下仁田葱は11月からと張り紙がしてあった。でも買った葱、美味かった。
DSC_1121.jpg
結局、すき焼きは全て頂きましたがご飯半分残してしまった。
隣の女性二人は締めに饂飩を頼んでいました。

さていよいよ下仁田から富岡まで寄り道。群馬県立自然史博物館へ行きたかったのですが予約制、それは良いが赤文字で県外の方はお断りとあったので、予約を放棄。代わりに富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館へ行きました。
良かったら見てください。現在は三輪洸旗・途道(みちよ)展を開催中。凄い人がいるなと思う。
このコロナ時期、高校の美術部に開放した展示室もあり面白かった若さ溢れた華やかさがイイ。

調べてみるとここから2,5Kmほどに世界遺産となった「富岡製糸場」がある。時間を見ると午後二時前。行かない理由が無いので直行。
私の認識ではこの富岡製糸場は「女工哀史」プロレタリア文学の題材となった、「ああ野麦峠」峠を越えれば製糸場、労働環境の劣悪さの酷い作業場という字ずらの印象しかなく、何故世界遺産なんだろうと思っていた。結局理解したことは約160年にわたり宝石かと思えるような絹製品を量産し富国強兵の礎となった、特に日本の経済を担ったということ、そして3代に渡り経営が受け継がれその時代時代で女工の環境が変化したということ。そして世界遺産に認定されたのは建物の巨大さ、それを支えた建築技術が世界に認められたということでした。 富岡製糸場

富岡製糸場の碑が立っています。
DSC_1132.jpg
製糸場に入ってみましょう。
DSC_1122.jpg
これら建物たちは兎に角、巨大で長いのです。
DSC_1131.jpg
その内部 自動絹糸織機 これらが稼働していた頃の騒音は幾ばかりのことであったか。そしてこの機械に習熟するにはどれだけの時間がかかることやら。糸が絡んで機械が止まることはなかったんだろうか。
DSC_1130.jpg
絹糸を乾燥させる自然風が必要だったようで倉庫には風取りの窓、というより扉が設置されている。
DSC_1128.jpg
製糸場内の敷地、女工のための学校、寄宿舎、家族寮など製糸場内に労働者全員が寝食をするための施設を丸抱えしていたようです。つまりは敷地内で生活子育てができる規模です。歩き疲れた。
DSC_1124.jpg
このプールは何か?誰か泳いだのかと思ったら、絹糸を取るためには繭を湯がく、その後のお湯をここで浄化して川に流す施設でした。そういえば信州のお婆さん、屋根裏で蚕を養い、時期が来ると湯がいて繭から絹糸を紡いでいました。工場化する前は個人の家でも絹糸は生産されていました。個人宅では湯がかれ残った蚕の蛹(さなぎ)を油で炒めて食しました。製糸場では蛹の処分はどうしていたのか、説明はありませんでしたが貴重なたんぱく源として食事の一環として供されたのではないかと推察します。お蚕さん、夏に泊まりに行くと、ワシャワシャ桑の葉を食べる音がしてました。
DSC_1126 (1)

さて、愛犬チーちゃんどーしてるかなと気にしつつ帰路につきました。おしまい。

暮しの中の歴史

草津、夜の部。。の巻。

 ぶらりと湯畑へ行ってみた。人出は少ない。湯畑のセブンでウイスキーの小瓶を買う。
ライトアップされています。これが無かったらただの暗闇。ちびりとウイスキーを飲む。
DSC_1088 (1)
お湯が透き通って湯の花が綺麗です。
DSC_1101 (1)
幻想的というべきか。
DSC_1087 (1)
月が出ていたので撮ってみた。建物がおもちゃみたいに見える。
DSC_1102 (1)

湯畑のクロ 勝手に名前つけました。以前来た時はコンビニの脇で餌を貰っていましたが今回は餌箱が取り付けられていました。
DSC_1089 (1)
観光客からも構われて人に慣れています。ナデナデしました。
DSC_1094 (1)

西の河原まで足を延ばして途中の穴守稲荷神社。
DSC_1097 (1)
西の河原は真っ暗 グビリとウイスキーを飲んでここから引き返しました。
DSC_1098 (1)

後はお宿で熟睡しました。夜の部はここまで。
次回は朝の部から帰路下仁田、富岡寄り道旅を書きます。

暮しの中の眠り
合気道小山田道

草津、昼の部。。の巻。

 滋賀草津ルートをトコトコ、辿り着いた草津。まずはお宿に車を預け散策することにした。

今回の宿泊は「お宿 ゆきずみ」とても良いお宿でした。
DSC_1113.jpg
バスターミナルの向かい側、ローソンが一階に入っているお宿。写真の暖簾の上が私の部屋201です。玄関脇の筧(かけい)に猫の置物があるのかと思ったら、赤い首輪をした本物の猫が筧の竹筒から水を飲んでいました。聞いてみると最近どこかからやって来る猫だとのことでした。

DSC_1086.jpg
出されたウェルカムティーですがこれは後の話。手作りの葛餅にあんことクリームがかかっている甘さ控えめの、絶品でした。

さて今回は食をテーマにしましたが、最近は胃が小さくなっているのであまり食えなかった。

とりあえずお約束の湯畑から出発。硫黄の臭いが鼻を衝く。
DSC_1072.jpg
いつも見る光景です。お湯が澄んで綺麗。
DSC_1068.jpg
まさしく畑。エメラルドグリーンが素敵です。写真右上に小さく映り込んでいる焼き肉「吾妻」
DSC_1067.jpg
以前来た時は満席で入れなかった。
DSC_1064.jpg
焼き鳥もあります。焼き肉ランチを注文したらご覧のお肉が七枚ネギ片一つ。飯一椀にキムチ、もやし少量。冷えたリンゴが付きました。これだけで私には手一杯、否、胃一杯。美味しかったがもっと肉が出てくるのかと期待してしまった。ナンとなれば隣の5歳くらいの女の子ひとり連れ家族が口に余るほどの肉を並べていたから、あんな感じ?と思ってしまった。若夫婦家族は完食。勘定をするのを聞いていたら12100円。ごめんなさい、私は税込みで高々1045円でした。
DSC_1062.jpg
さて外に出ると焼き鳥を求める人々がいる。食ったばかりでう~んどうしようか。迷いましたが注文したのは「つくね、ねぎまのタレとニンニク、皮の塩」それがコレ
DSC_1065 (1)
右から つくね ねぎま ニンニク 皮 美味かった。湯畑のすぐ脇のテーブルでいただきました。
ヒョイと見ると私の目の前、湯畑を取り巻く欄干の支柱に数名の漫画家の名前が刻まれていました。故赤塚不二夫さんの名もありました。あの支柱はこれからも増やすのだろうか?埋め尽くされたら塀になってしまうよね。その後ぶらり散策。
西の河原へ行く途中「湯あがり かりんと」のお店。すでに満腹だが食したのは「上州牛肉まん」
DSC_1075.jpg
これにお好みで付ける「辛子」との相性は宇宙の調和というべきか。
DSC_1074.jpg

西の河原 本来なら巨大露天風呂へ行くのだが、今日は暑い、濡れたくない、共同浴場にも行くことはない今回の旅と決めているが西の河原 露天風呂には混浴の日があることも知っている。
DSC_1076.jpg
足湯にほっこり 丁度良い湯加減。
DSC_1077.jpg
そして散策 賽の河原を彷彿とさせる。
DSC_1079.jpg
不動明王 周囲に流れる川は全て温泉。
DSC_1080.jpg
そして仏陀
DSC_1081.jpg

お宿への帰り道 以前にも寄った温泉卵 実はこのお店はガラス工芸のお店、蔵、だったかな?
DSC_1084.jpg
インディアンと同じ卵はウソつかない おいチイ このインディアンが分ったら昭和人?
DSC_1083.jpg
いい加減疲れた。
ということで最初に戻ります。これが疲れた体に絶品なのよ。
DSC_1086.jpg
湯畑の温泉群には今回は浸かりませんでしたが「お宿 ゆきずみ」には草津源泉が引き込まれているのでじっくり温泉三昧、独り占めでした。これはコレ。夜、朝と入湯しました。お宿では今回、朝食は付きますが夜は無い。併設のローソンで角瓶、氷、おにぎり二個、夜食準備。
いい加減飲んだら夜の湯畑へ。。それは次回「草津、夜の部」で。

暮しの中の湯畑

先日叔父さん叔母さんに会ってきた。。の巻。

 自分も含めて皆年老いた。私は、顔があげられなかった。亡き叔母の兄妹、叔母は次女で93歳で亡くなった、その長女95歳の叔母はいまだに元気。私の腕をとりながら写真に応じた。三女は幼児の頃死亡、そして四番目に生まれた叔父さんが母方の惣領、91歳。リュウマチを病み見る影もない手指関節の崩れ。歩くこともままならず要介助。彼は家具職人の傍ら弓道を修練して錬士6段だった。
 何が言いたいか、つまりは誰もが思う、せん無い事実、老いたくない、病気になりたくない、死にたくない、ということ。これらすべては外からやって来るのではなく自分の内に宿っているということをあらためて意識した。
 全てを含めて自らを養おうとするのが東洋医学的な発想。切り取って排除しようとするのが西洋医学的発想。どちらが楽か。
 いつの間にか西洋医学的発想に染まっていた私には老いて弱っていく人々の顔を直視できなかった、今回の事実がある。
 現在、我が家の愛犬チーちゃん目も見えず、その角膜に傷がつき灰色に濁っている。かつての艶やかな黒い瞳は無い。フサフサだった体毛も抜け落ちた。食欲はまだあるが骨が浮き出てガリガリ。
後は楽に死んでほしいと願うばかりだ。
我が家の子育ても全て終わり、次男も他所で暮らす。残された三男坊が愛犬チーちゃん。
妻は、かつて子育てをしていた頃の母性をくすぐられているかのようなチーちゃんへの接し方。
 遅ればせながら私も父性を刺激されています。なぜか、かつての幼い我が子供達への感じ方より、何やら深い感情が錯綜しています。チーちゃんどんな姿になっても可愛いよ。

暮しのなかの生死

次男の誕生日。。の巻。

 実際には明日22日が誕生日なのだが時間が取れず今日、誕生会をした。軽く昼食。
 以前から気になっていた鰻の川松に行った。静かな雰囲気で良かったです。お茶で乾杯。
 次男はうな重と泥鰌のから揚げ、私もうな重に鯉こく、妻は鰻御膳を頼んだ。
 鯉こくは何十年と食していないので注文した次第。子供の頃両親の田舎で食したきり。母の実家小諸には家の前をながれる小川の清流を引き込んで池を作りそこに鯉を放していた。何かの折に祖母が鯉こくを作ってくれた。田舎味噌なのでしょっぱい💦が美味しい。そんな記憶がある鯉である。

看板 川松 今日も青空良い気候
DSC_1059.jpg

玄関
DSC_1060.jpg

注文したうな重
DSC_1057.jpg

鰻御膳 チョットピンボケ 妻はサラダにゴマダレを頼んでいました
DSC_1058.jpg

鯉こく 鯉の輪切りが見えれば良かったのですが、牛蒡に阻まれて見えません。子供の頃は椀の中にシッカリ鯉が見えていました。塩加減が今風で田舎味噌というわけにはいきませんがマアマア。鯉のコクがもっと引き立っていれば満点でした。結局、鯉こくデビューの次男があらかた食べた。
妻に 白身がコリコリして酢味噌で食べると美味い、鯉の刺身を食ったことがあるか聞いたら、無いと言う。息子もないはず。今度機会があれば食べようと思う。数十年近くお目にかかっていない。
隣の茶色の器は鯉の骨を出すのに使います。鯉の骨は硬い。
DSC_1055.jpg

どぜうの唐揚げ も少しカラッと香ばしければ満点。この塩味でビールが飲みたかった。
泥鰌も久しぶりにいただきました。
DSC_1054.jpg

オンライン演武も終了してついに次男も32歳、家を出ていきます。日々の稽古には出勤してきますがついに再び妻との二人暮らしとなります。思えば遠くへ来たもんだ、という感しきり。

暮しのなかの遠方