あっという間に。。

 今年の最終演武から一週間以上経ってしまった。日々もの狂う不安を抱えながら只管稽古。
 最近、三船久蔵、柔道十段の本を読んだ。題名は「柔道の神様とよばれた男」
 柔道創始者嘉納治五郎先生は「押さば引け引かば押せ」と術理を説いた、久蔵先生はある時期から「押さばまわれ引かば斜めに出ろ」と説いたそうである。これって合気道で初心のうちに習う四方投げの術理。
 そこでなるほどと思ったのが何故合気道が初心のうちに四方投げを稽古するのか腑に落ちた。合気道の初心者はまずこの四方投げを稽古後抑え技を習得していく。
 嘉納治五郎先生も合気道創始者植芝守平翁の技を見て「これが本当の柔道じゃ」と言いその後講道館から四天王と言われた四人を守平翁のもとに送ったと聞く。治五郎翁も守平翁も同時代の人。同時代に生きた若かりし久蔵先生もこれを見ていたのかもしれない。
 隅落とし(空気投げ)をはじめ五本の新技を創出するのに刻苦研究し、最後に到達したのが球体のように動いて投げる技「球車(たまぐるま)」 youtubeの古いフィルムでまさしく球のようにまわりながら隙を見いだしてはひょいひょい投げる映像があります。まさしく軽々とひょいひょい、まさしく合気なのです。
 どんな武道にも合気はあります。そこに到達するか否かここが稽古と意識の有りよう。
 実は私が小学生の頃一時期水道橋の講道館に通ったことがあり晩年の久蔵先生に稽古をつけてもらったことが一回だけありました。その頃はそんな偉い先生だとは知りませんでしたが若手の指導員に「あれが三船先生!」と教えられました。小学生の私がつたない一本背負いなどを掛けると抵抗もなくひょいと前に受け身を取ってくれた記憶があります。「エッすごい爺さんだな。」と思いました。背丈は小学生の私とそれほど変わりません。稽古後「君は一本背負いが得意だね。」と言ってくれましたが、小学生の私は受け身を軽々取ってくれることに気をよくして自然と何本も背負い投げをしていたのでした。まったく偉そうにするわけでもなく誰彼かまわず稽古の相手になっていたのが印象的でした。
 本にもありましたが久蔵先生は後輩の育成ということにも心血を注いだということです。
 読了後、記憶と重なって「さて、わが身はと考えさせられました。」 
 合気道の道に進んだのは煩瑣に紛れて普段は忘れている小さな記憶が頭の隅にあったからかもしれない。
 本との出会いは幾つになっても偶然か必然か人生とのかかわりと深く結びついています。

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塩田剛三先生直伝
合気道 小山田道場