へっ~。。

 落語家の円楽、不倫騒動で謝罪会見とありビックリ。
 私が子供の頃、「芸のためなら女房も泣かす」と落語家春団治を主題にした歌がはやりそれが芸人のある姿と肯定さえされた風潮がありました。芸のためなら犯罪以外なんでもありで全てを芸の肥やしにするという、言ってみれば芸人の覚悟のようなものから生まれる笑いを求める庶民がいて覚悟する芸人もいた。
 今ではテレビに出ないといっぱしの芸人ではないと思われている節がある。結局、その番組を制作しているテレビ局とそこに金を投入して宣伝効果を狙うスポンサーの印象を傷つける行為に対してバッシングされる構図になっている。
 テレビが作った芸人と師匠について修行を積み演芸場で地道に経験を積んだ芸人とはおのずと異なることを知る必要があるだろう。テレビに出たいがために、出ることがステータスだと思ってテレビの世界でしか生きられない連中とは質が違うことを再認識してもいいだろう。謝るくらいなら円楽はテレビに出るのはやめて本業の落語で演芸場に出て今回のことをネタにすれば良いだけの話。
 覚悟が足りない。
 先年なくなった橘家圓蔵、かつて円鏡の時代テレビラジオで引っ張りだこだったがすっぱりと縁を切って演芸場に戻っていった。
 そろそろ落語に専念したいというのがその理由。これを聞いた時にもホッ~と思った記憶がある。当時は談志、志ん朝、三平などが演芸場を飛び出してお笑いを引っ張っていた感があったように思う。漫才はあくまでも色物で漫才師がテレビの表に出る時代じゃなかった。
 喜怒哀楽というが「笑」はどこに入るのかと言えば全てに含まれる現象だろう。「笑」のテクニックに巧みだとしてもそれだけでは笑えない。背景には人の持つ喜怒哀楽がある。それを知ることが芸の肥やし。どんな芸事、習い事も技術だけでは薄っぺらになる合気道もしかり。

塩田剛三先生直伝
合気道 小山田道場