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昨日は新時代「令和」の祝賀奉納演武。。

全ての参加者の動画はあります。希望する方はUSBなどにお分けしますので申し出てください。
 今回は合気道小山田道場 師範 指導員の動画を代表でUPしておきます。
 
この日は快晴。神社の境内には木漏れ日があふれ小鳥のさえずりが耳を楽しませてくれました。
 新時代を寿(ことほ)ぐにはとても素敵な一日でした。

小山田慶宏 指導員 小島達大 初段

笠原成晃 指導員 角谷薫 指導員

小山田崇之 師範 道場長演武

暮らしの中の合気道
合気道 小山田道場

PS:明日からは岩井海岸合宿に出かけます。

榛名湖畔で朝太郎に会う。。

 草津の帰りに榛名湖へ寄った。榛名富士山頂から眼下を見下ろし、湖畔でトテ馬車に乗った。
馬体900㎏、5歳の朝太郎に出会う。

榛名富士山頂 ロープウェイの脚の間から榛名湖を望む。

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山頂からの眺め。この日は曇天。
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山頂でパチリ。A~時代が付いたな。
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 そしていよいよトテ馬車に乗る。榛名湖畔をぱっかぱっかと肥爪の音を立てて15分位歩く。
他にも馬はいたがなんと静かな動物でしょう、ジッと何かを待っている。
 名前は朝太郎、体重900㎏、5歳。体重年齢は冒頭にも書きましたが何とも大きな馬でした。道産子とのこと。馬の寿命は20年、中には30年生きる馬もあるようです。なので朝太郎はまだまだ若い。
榛名湖近辺には何件か牧場があるそうです。そういえば何台かの馬用のトラックがとまっていました。
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朝太郎と自撮り。
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顔をなでてやると最初は首を上下に振って 嫌がっていましたが目と目が合ってお互い喜び合ったのを機に静かになりました。動物と情が通うとはこのことかと思った次第です。自撮りの最中も私の肩に口をあててナンか言ってました。
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 久しぶりにボートを漕いだ。井の頭公園で漕いで以来だからかれこれ44年位。その時はも一人友人腐れ縁でいまだに付き合いがある、がいてナンと現在の私の妻に漕がせた。男二人は寝そべって空を見ていた。ひどい奴らでした。しかし今回は私が漕いだ。

榛名湖から望む榛名富士。富士山の形に似ていることからそう呼ばれている。山頂には先ほどまでいたロープウェイが見える。山頂の神社は改修工事で青いビニールのシートに覆われていました。

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 この後、伊香保へ水沢観音を詣でました。ここから20分位。水沢饂飩を食すつもりでしたが混んでて諦めました。饂飩渋滞も起きてる始末で参りました。日本国民はそんなに饂飩が好きかい。なんか名物と聞けば右へならえみたいな江戸時代から続く国民性なのか。結局、帰りの昼は寄居PA、なぜだか星の王子様に特化したPAでした。兎に角すべてが星の王子様。そんでオムライスを食しました。饂飩がオムライスに化けた、とは妻の弁。ふわふわで美味かった。

水沢観音初めてのお参りでした。
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 六体の地蔵さんが鎮座し三回クルクルと回せば万巻のお経を唱えるのに等しいと言う実に安易でありがたいお堂。
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なんかこういう景色が好きです。
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思い残すことはないね、とは妻の弁。この後真っ直ぐに帰宅。
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朝っぱら早く目が覚めたので昨日の続きのブログを仕上げました。チーちゃんが散歩に出って行ったのでこれから追いかけます。そして、今日は田無神社で奉納演武。

暮らしの中の合気道
合気道 小山田道場 

草津、よいとこ一度はおいで。。

 ちょいな、チョイナというわけで行ってきました。
愛車のスイスポ。ストレスフリーでぴゅ~と走って気持ち良かった。途中、渋滞もあったけど。DSC_0067[2]

着いた先が、草津ゲストハウスKOTODAMA。 こじんまりした佇まい。素泊まりでした。
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  この宿の前が駐車場で宿に背を向けて左手にとんかつ屋「とん香」があります。門前に列をなす賑わい。列に並んで昼食に草津定食をいただきました。普通のロースかつ定食の肉より50gほど目方が軽いとのことで120gだそうです。何人もこの定食は他の定食とどう違うか聞いていました。私達も聞いた一組。品書きに説明をつけておけば良いのにと思いつつも話し好きの店主ナンだろうと勝手に思っていました。味はと言えば特別にこれといって特筆することはありません。キャベツ、ごはん、みそ汁のお代わりが一回できるとのことでした。衣がすぐにはがれてしまいました。妻に言わせると「肉はいい肉を使っている。」とのこと。個人的には、かつ屋、の方が好みです。サクサクパリパリ感が良い。
 夕方店の前を通るとまたもや行列、二度目はいいやと思った次第。

 さて、宿の前の一方通行をてくてく歩いて17分程で草津の中心部「湯畑」この日はあいにくの雨ながら大勢の人がいました。インドから来た若いカップルに写真を頼まれたのでパチリ。
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 もうもうとした湯気が周囲に立ち込めます。木枠の一つ一つを湯が経めぐり最後には、
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一つになって滝のように流れ落ちていました。湯の色がエメラルドグリーンで美しい。
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この日は温泉三昧と決めていました。
 第一湯めは「御座の湯」いい心持で湯に浸っていました。湯の温度はぬるめ好きの私にでも抵抗なくは入れる。しばらくして汗が滴りはじめ少し休んで出ました。二階の大広間で休んでいると妻も上がってきました。妻は暑いと言って休み、私は近くにある「白旗の湯」に入湯。こちらは内風呂よりも少し大きめの木枠、それもかなり年期が入っている、に浸かった。湯屋そのものが小屋のようで町民、旅人が共同で入る共同浴場。脱衣場からすぐ湯船。二日目の朝に行った共同浴場の「千代の湯」は脱衣場と湯場が一緒になっている。
 共同浴場は3湯入りましたがどこもあちっち、でした。白旗の湯では一人の青年が熱さに固まっていました。少し動くとカチッと固まり、また少し動くと固まる、コマ送りでした。私は意外と熱めの湯でも平気なことを知りました。そういえば御座の湯で妻が心臓がバクバクすると言っていましたが私にはそんなことはありませんでした。
 御座の湯の隣、光泉寺 石段を上ってお参りしました。
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 白旗の湯を後にして「西の河原露天風呂」へ雨の中をテクテク歩って行きました。ご覧のような雨模様。草津の坂は川となっていました。足元がびちゃびちゃですが温泉に浸かっているせいか寒くはなかった。ただ坂道にうんざり。 
 西の河原露天風呂へ行く道すがら。ホットリバーです。お湯が流れている。
この付近に明治時代に日本医学に貢献したベルツ博士の記念碑がありました。同時に水原秋櫻子の句碑もありました。水原秋櫻子って俳人ばかりと思っていましたが医者だったんですね。
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 濛濛とした湯煙。西の河原は「さいのかわら」と読ませるのでてっきり地獄の賽の河原と勘違いしました。湯畑の西方にあるので「にしのかわら」というわけ。ケルンのような石積みがあるのでてっきり地獄の賽の河原を模したものとばかり思いこんでいました。手を入れるとシッカリお湯。
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 西の河原露天風呂は今まで見たよりもはるかに大きな露天でした。説明によると500㎡あると言う。
かけ流しのように源泉が落ち込んでいる辺りは熱い。そこから離れるにしたがって湯の温度が変わっていく。自分好みな湯の温度を探せます。そこで40分近くボーっとしてました。
 その後湯畑の東側にある大滝の湯へ行こうと再び雨の中をトボトボ。。
 駐車場がありました。警備員が交通整理、入口には人だかり。今までの湯屋とは異なり大型スパの様相。並ぶのも嫌だったので近くにある「地蔵の湯」へ行きました。冷たい雨の中、西から東へと横断。体も冷え始めていたのでラッキーでした。妻は外の足の湯でパチャパチャしてたようです。
 地蔵の湯の源泉
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ちゃんとお地蔵さんもいる。

 こうしてこの日は四か所お湯巡りをして宿に帰還。坂の途中でいただいた温泉卵。美味しかった。
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そうだ追伸、良くTVで見る湯もみショーは湯畑近くの熱乃湯で行っています。
 御座の湯、二階大広間から見た光景は湯もみショーのチケットの行列でした。
バスでも待ってるのかと思った。

 さて、明日は田無神社で改元奉納演武。
15時からの部に参加します。私たちの前に舞踊の団体が奉納演武すると聞いています。

暮らしの中の合気道
合気道 小山田道場

いよいよ明日は。。

  今上天皇退位の日。
  明日から一泊、草津の湯に行ってきます。私は新元号「令和」を草津の湯で迎えます。
  皆さん よいお年をお迎えください。愛車スイスポもガソリン満杯。
  道場に帰れば5月3日、田無神社で会員の皆さんと新元号奉納演武を挙行します。
  戦争を知らない世代だが歳を取って分かる、日本に生まれて良かった。
  敗戦後、天皇制が残されたことは幸いだった。
  共産党は天皇制を否定しているけど、いろんな考え方があると言う一例です。
  歴史ある国の象徴が天皇、の理解で良いじゃないですか。
  天皇自ら日本の象徴とは何かと生涯自問自答したと聞いている。
  日本国民自らのアイデンティティーを天皇が代表してきたのが戦後の陛下の仕事だった。
  いったい自分は何者か?
  これからは個々人がしっかり自分は何者であるかを定義する時代になっていくのでしょう。

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先週は、リヴィウ(ウクライナ)。。

 11時間程飛んでポーランド空港に到着、そこからウクライナ、リヴィウ国際空港まで約1時間弱。実は帰りの便ではポーランド空港で9時間待機、テキトーに楽しんだけどこれには参った。
 リヴィウは古い街並みでした。車道は石畳でたまにあるアスファルトの道は穴ぼこだらけ。石畳の道をトラムが走り、車はアスファルトの穴ぼこをよけながらガタガタ走ります。旧ソビエト製の車から最近の車まで新旧入り交ざった状態でした。建物もソビエト時代のビルは荒れ放題のまま放置されその隣に新しいビルを建てるなどとにかく雑多な印象。ヨーロッパの穀倉地帯と言われたウクライナは侵略と虐殺の歴史に彩られている。
 男女共にスタイル抜群、きりりと引き締まった精悍な顔つき、東西の良いとこどりの人々でした。
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 車は路肩に停め放題。歩道に乗り上げて停めてあるものもある。馬や駱駝で東西を行き来した時代、テントの前に馬、駱駝を繋いでおく感覚と変わらない。
昼は自由に選べるバイキング型式の大衆食堂でいただきました。
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これは焼き肉専門の料理屋さん。大きな紙を広げて皿とナイフとフォークの絵をサーバーが書いてくれる。後は出された肉と野菜を豪快に手づかみで食う。ビールはコクがあって美味い。野菜も新鮮。テーブルには厚手のロール紙ナプキン、柱には手洗い用の温水蛇口と石鹸が用意されている。
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 実際には泊まったホテルの裏側に広がる民族テーマパーク。ぐるりと大通りを経巡って30分程かかって公園入口に到着。異民族の集合体であることが分かる。写真は100年以上前の教会。ロシア正教だったか?
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リヴィウ専心館代表、ボグダン先生とパチリ。長男が私の写真を見て老人顔になったとホザきおった。息子が40のおっさんになろうってのに親父だけ紅顔の美少年のままでいられるわけもなかろーに。
ドリアングレイじゃあるまいし。
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ナターシャ。合気道始めて4ヶ月と言ってました。リヴィウの街中にそびえる山頂でパチリ。
リヴィウの街並みを一望できます。
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子供達が一杯でした。流暢な英語を話す子がいるので驚きました。
ウクライナ語はロシア語とも異なるようです。ありがとうの言葉が違いました。
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稽古の後、随分と写真をせがまれました。
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専心館の皆さんありがとうございました。

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合気道 小山田道場