夏休みを利用して。。

 妻が奈良に行きたいと言うので行ってきた。中学生の修学旅行以来でン十年ぶりとなる。
歩き回った先は修学旅行の定番ではあったが当時の思い出と言えば奈良公園の鹿の頭を3~4歳くらいの子がピコピコハンマーでピコピコ叩いていたぐらいのもので何を見て歩いていたのかすっかりその当時の記憶がない。ただ単に友達とじゃれ合いながらそこかしこを歩いていたにすぎなかったのだろう。
 ということで今回は興福寺を皮切りに東大寺、正倉院、二月堂、三月堂、春日大社、奈良国立博物館、唐招提寺、薬師寺、法隆寺と見て歩いた。新たな記憶と感慨が残る旅でした。
 一日目は奈良公園から5分程の場所にあるホテルに到着後、興福寺に行った。ホテルの直ぐ裏手にあって黒々として時代の付いた五重塔が部屋の窓から見える。奈良公園が真近いため鹿がフェンスを張った向こう側を歩いている。国宝館は改修工事のため阿修羅像は見られなかった。残念!!
 興福寺 010 興福寺 016 興福寺 004 興福寺 013 五重塔とツーショット
東金堂と五重塔 奈良時代の建築、良く残っています。
興福寺 022 興福寺 024
興福寺にいた鹿と韓国の女の子。袋をかじられて「アンテンダ!(だめ!)」と言ってました。
興福寺 028 南円堂 
北円堂も見ましたが地味な建物でこちらが国宝だと知りませんでした。写真は撮りませんでした。
置き灯篭 001 置き灯篭 004 夜は恒例の「燈火会」小さな置き灯篭とライトアップされた五重塔

 二日目は東大寺に行きました。大仏殿には圧倒されました。創建以来二度も焼け落ちて江戸中期に再建された三代目で創建当時の三分の二に縮小されたとはいえ世界最大級の木造古建築。元はこの1.5倍大きかった、凄いな。国宝、廬舎那仏座像が私達を睥睨していました。
 古都奈良は仏性の強い雰囲気を肌で感じました。どこへ行っても各種の仏像が出迎えてくれました。
京都がうら若い女性なら奈良は熟女といったおもむき。
東大寺と鹿 023 東大寺と鹿 010 早速鹿がお出迎え

東大寺と鹿 019 東大寺と鹿 041 東大寺と鹿 052 南大門と東大寺

東大寺と鹿 044 東大寺と鹿 046 東大寺と鹿 048 東大寺と鹿 049
鼻の孔くぐりをする子供。見たところ私はとてもくぐれません。
正倉院 002 正倉院 幾多の戦禍にも焼け残った、日本の文化財が詰まった地味な倉庫。
 光の加減で肉眼で見ても黒い影をまといどこが扉だか何も見えませんでした。黒いままを映して明度を上げてようやく見える。
二月堂、三月堂を巡るころには台風一過の暑さでくたびれました。体中から塩が噴き出ていました。
茶店でお昼。錦糸鰻とお蕎麦のセットで一息つきました。この日はレンタサイクルで巡りましたが奈良は坂が多い。境内では坂と石段、ガタガタガタガタっと音がするので見るとその石段を郵便配達のバイクが走っていました。若い郵便配達員、若くなきゃできないよな、と独りごちた私でした。

 自転車をこぎこぎ行きついた先は春日大社。写真を撮る元気もなく二枚だけパチリ。そのうちの一枚。灯篭の下がった回廊を散策しました。
春日大社 001 灯篭で有名な春日大社
 どこへ行っても周囲の観光客はほとんどが海外からでした。あまりに疲労したので一回ホテルに戻って休憩することにしました。全身汗みずくで塩がふいている体をシャワーを浴びて癒し少し昼寝。寝ようと思っていたわけでもないのですが横になるとスッと寝入りました。休憩後午後3時11分(時計を見たので間違いない)興福寺の境内を抜けて自転車で奈良国立博物館へと向かいました。
「1000年忌 源信 地獄・極楽への扉 展」を開催していました。今も昔も人の持つ想像力に驚かされます。1万5千年前の人類と現代人は変わらないそうだから知識と知恵と行動の営々たる積み重ねが今の時代を形成していることを実感します。地獄を信じさせることが人々への戒めとなった時代、現代ではどのくらいの人が地獄を信じているだろう。
 博物館では嫌っというほどの仏像を見せつけられそれだけで仏性を植え付けられた気分になりました。仏教勃興期の熱を感じます。

奈良公園 浮御堂 001 奈良公園 浮御堂 004 奈良公園 浮見堂 水位が下がっていました。
燈火会のボランティアさんたちが堂内でお弁当食べていました。

 三日目は唐招提寺から始まりました。
唐招提寺 003 唐招提寺 006 質素な佇まい

唐招提寺 鑑真和上 005
鑑真和上のお墓。ようやく6度目に渡来。その時にはすでに失明していた、という話は昔教科書に書いてあった記憶があります。仏教を広めんがための不屈不倒の精神と行動力にあやかりたい。
唐招提寺 011 唐招提寺 鑑真和上 012 唐招提寺 鑑真和上 011 唐招提寺 鑑真和上 019
まだ蓮の花が咲いていました。

薬師寺と五重塔
唐招提寺 鑑真和上 025 唐招提寺 鑑真和上 026 唐招提寺 鑑真和上 031
「1000年もつ釘」小学5年生の国語の教科書が抜粋されて古くさび付いた30cmはあろうかという巨大な釘から小さな釘まで展示されているコーナーがありました。1000年以上前の釘を現代に再現する釘師の話。現在改修中の工事にその釘を提供し続けているそうだが未だにもっといい釘ができないかと模索しているそうです。驚いたことには1000年前の釘は硬い節に当たると曲がりながら節を避けて先に進んでいくそうです。錆びても抜けない形状の工夫、節を割らない硬さの工夫、木を傷めない工夫それらの知恵が当時の釘に込められていたそうで現代に蘇らせるのに試行錯誤したようです。さらにもっと良い釘ができないか1000年後の職人に笑われないように研究中というから脱帽です。

法隆寺と夢殿
法隆寺 002 法隆寺 013 夢殿 001  法隆寺 006
写真の瓦は法隆寺に寄進した奉納瓦、日光輪王寺含めてこれで二枚め。
少なくとも数百年は法隆寺の屋根にのっているはず。悠久の時を感じます。
法隆寺門前の食堂で「柿うどんと柿の葉寿司」を食す。柿が練り込まれて鮮やかな柿色、その上に柿の葉が練り込まれた一筋の緑鮮やかなうどんが載っていました。あくまでも柿をイメージした一品です。柿寿司は柿の葉で巻かれたお寿司。どれもおいしい。お土産に「柿うどん、柿の葉うどん」セットで買いました。
二泊三日の奈良旅もこれで予定終了。帰途につきました。平塚に着いた頃は雨もぽつぽつ、A女史を自宅まで送り我らは伊勢原でさらに一泊して明朝朝9時帰宅しました。
チーちゃん大歓迎、大喜びでした。

暮らしの中の合気道
合気道 小山田道場

また温泉にでも行こうかと。。

 友人に電話をかけたら「今、務めている会社を譲り受ける。」と言う。
ついこの間まではあと2~3年したら年金生活云々と言っていたのに、人生何が起こるか最後まで分からない。責任感が強くて真面目な男に神様が「少し人生、変えてみろよ。」とプレゼントをしたのかもしれない。そんなこんなで忙しいと言う。「じゃ、また時間ができたら行こうか。」ということで電話をきった。青天の霹靂とはこんなことを言うのかと正直驚いた。

暮らしの中の合気道
合気道 小山田道場



昨日、今日は。。

短刀、剣、杖の武器取りの稽古でした。主に捌きを主体に足の運びを意識しながらひたすら汗を掻きました。とにかくぶつからず力まずふわりと動きたい。そのためには足運びもさることながらてこの原理で身体を動かす。そんなことを考えながらの稽古でした。

暮らしの中の合気道
合気道 小山田道場

うちのチーちゃんが。。

 死にかけた。のどにジャーキーを詰まらせて気が付いたら仰向けになってもがいていた。抱き上げて揺さぶってみたものの気を失い舌がだらりと垂れ下がり紫色になり呼吸がない。
 実は二代目チーちゃんも肉の塊を詰まらせて迷走したことがあった。抱き上げて喉を見ると瘤のように膨れ上がっていた。こいつが詰まっていると思い指をかけて胃の腑に送り込んだ。その後、頭をスリスリしてきて感謝の意思表示。
 しかし今回、のどに瘤はなく平たく長いものを飲み込んだと思われるだけで確証はないがのど元から鎖骨までを数回強く撫で下した。チーちゃん、チーちゃんと声をかけながら抱きかかえて揺さぶりながらのことではあったけれど紫色に変色して長くだらりとよだれを垂れていた舌がスッと口のなかに戻り鼻息とともに口で息をし始めた、抱えていたチーちゃんの目が開いた。目と目が合ってチーちゃんが涙目の瞬きを送ってよこした。瞬きを返して、ああ、死なずに済んだとほっとしたがその間チーちゃんとの思い出が目まぐるしく明滅していた。
 その後、私に対するチーちゃんの態度がちょっと変わっている。と、思ったのも束の間で喉元過ぎればなんとやら、以前通り偉そうにしている。

暮らしの中の合気道
合気道 小山田道場

今日の稽古は。。

片手持ち一か条抑え(2)肘持ち一か条抑え(2)肩持ち一か条抑え(1)(2)肩持ち側面入り身投げ(2)でした。(2)の動きについては振り向く稽古。(1)(2)いづれにしても相手とぶつからないことが肝心。連日の暑さがこたえます。

暮らしの中の合気道
合気道 小山田道場