見舞いのついでに。。

 吉見百穴(ひやくあな)に行った。熊谷総合病院から30分程の所にある。岩山に穿たれたれた無数の穴。
 江戸時代の中ごろから不思議な穴として文献に記されていた。当初、土蜘蛛人の住居跡などとまことしやかな学説さえ飛び出したようだが後の詳細な研究の結果吉見周辺に住んでいた古代人の横穴式墳墓という結論に至っている。
 百穴の読み方は普通(ひゃっけつ)と読むが江戸時代から(ひゃくあな)と呼びならわしていたのでそのまま現在に至っている。
 第二次大戦末期には軍需工場としてトンネルが掘削され現在でもその跡がある。松代でも似たようなトンネルがあるのを思いだしたがこちらは皇宮、大本営の移転場所としてその当時多くの朝鮮人労働者を働かせた場所なので規模が違う。
 百穴周辺の一部に天然のヒカリゴケの繁殖する洞穴もあり国の指定天然記念物になっているが昨今の温暖化などにより繁殖が著しく後退している。手をこまねいていると全滅の危機にあるのだが国の指定記念物なので地方行政では如何ともしがたくこの点、国の鈍重さが垣間見える。


吉見百穴 011 吉見百穴 004 吉見百穴 009
穴の実数は219。一部の穴は天井が高く人が立ち上がれる程の高さがあり、這わなければ入れない穴もある。一段高いベッド状の場所に遺体を安置したと考えられそれに伴う副葬品が出土している。天然のヒカリゴケ。穴の奥の暗さになれないので肉眼では確認できなかったがレンズを通して見ると奥にほんの少しのヒカリゴケが確認できる。以前は洞穴の全面にあった。

 ブログをさぼっていたらアッという間に地球が14回転してしまった。入院中の長男も病院で無聊をかこち退屈している様子。結構大量に持って行った本もあっという間に読了したようで、今日は来るんだっけ、とメールを送ってよこした。残念ながらメールを受けたその日の朝は箱根の山中。一泊したかんぽの宿から岡田美術館に向かう途中でした。
 箱根については次の機会に書こう。 さて、今日はまた本を持って見舞って来ようか。

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まったくなんということ。。

 先日ニューオータニでお菓子を作っている長男が熊谷で階段に引っかかって両足を骨折した。
早朝病院から電話があり手術をすると言う。付き添いが必要でこの日は終日病院に缶詰状態。
 昨日見舞いに行ったら術後の経過も良いようでさっぱりした顔つきになっているので一安心。
 遠方なので転院も見据えてこれからのことを考えなければならない。全治3か月というから年を超えてのこととなる。
 便りのないことが良い便り、というがその通り。一人暮らしの身ではこういう時に困る。しばらくは歩けないので本人も身寄りがいない場合は困るよな、と独り言ちていました。明日は彼女が見舞いに来ると嬉しそう。本を数冊持っていったので今度見舞う時はラジオを持っていこう。こういうことはすぐに気づけばよいのだがその場の場の判断になってしまう。
 早く良くなるようにと願うばかりです。

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あっという間に。。

 今年の最終演武から一週間以上経ってしまった。日々もの狂う不安を抱えながら只管稽古。
 最近、三船久蔵、柔道十段の本を読んだ。題名は「柔道の神様とよばれた男」
 柔道創始者嘉納治五郎先生は「押さば引け引かば押せ」と術理を説いた、久蔵先生はある時期から「押さばまわれ引かば斜めに出ろ」と説いたそうである。これって合気道で初心のうちに習う四方投げの術理。
 そこでなるほどと思ったのが何故合気道が初心のうちに四方投げを稽古するのか腑に落ちた。合気道の初心者はまずこの四方投げを稽古後抑え技を習得していく。
 嘉納治五郎先生も合気道創始者植芝守平翁の技を見て「これが本当の柔道じゃ」と言いその後講道館から四天王と言われた四人を守平翁のもとに送ったと聞く。治五郎翁も守平翁も同時代の人。同時代に生きた若かりし久蔵先生もこれを見ていたのかもしれない。
 隅落とし(空気投げ)をはじめ五本の新技を創出するのに刻苦研究し、最後に到達したのが球体のように動いて投げる技「球車(たまぐるま)」 youtubeの古いフィルムでまさしく球のようにまわりながら隙を見いだしてはひょいひょい投げる映像があります。まさしく軽々とひょいひょい、まさしく合気なのです。
 どんな武道にも合気はあります。そこに到達するか否かここが稽古と意識の有りよう。
 実は私が小学生の頃一時期水道橋の講道館に通ったことがあり晩年の久蔵先生に稽古をつけてもらったことが一回だけありました。その頃はそんな偉い先生だとは知りませんでしたが若手の指導員に「あれが三船先生!」と教えられました。小学生の私がつたない一本背負いなどを掛けると抵抗もなくひょいと前に受け身を取ってくれた記憶があります。「エッすごい爺さんだな。」と思いました。背丈は小学生の私とそれほど変わりません。稽古後「君は一本背負いが得意だね。」と言ってくれましたが、小学生の私は受け身を軽々取ってくれることに気をよくして自然と何本も背負い投げをしていたのでした。まったく偉そうにするわけでもなく誰彼かまわず稽古の相手になっていたのが印象的でした。
 本にもありましたが久蔵先生は後輩の育成ということにも心血を注いだということです。
 読了後、記憶と重なって「さて、わが身はと考えさせられました。」 
 合気道の道に進んだのは煩瑣に紛れて普段は忘れている小さな記憶が頭の隅にあったからかもしれない。
 本との出会いは幾つになっても偶然か必然か人生とのかかわりと深く結びついています。

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さてと。。

 ようやく演武会から解放され普段の稽古に戻った、とは言えいつでも臨戦態勢のつもりで稽古はしなければならない。演武しかり審査においてもをや。今週は本部道場の審査がある。稽古生、皆熱心に励んでいます。
 
 閑話休題
 
 先日は久しぶりのアメリカ西部劇<Jane got a gun. >を観た。ジェーンというと昔、漫画にあった「ターちゃん」に出てくるたくましく変身したジェーンを思い出す。映画のジェーンも強かった。いつの時代でも女性は逞しい。

 逞しいといえば昨日の日本シリーズ第三戦面白かった。延長戦10回裏ツーストライクワンボールと追い込まれていた大谷、ここまで黒田から二本のツーベースを放ちその後黒田は足の不調で6回降板、この時カープナインは二回目の大谷敬遠を協議?素人目から見てもツーストライクと追い込んでいるので敬遠はないだろうと見ているとやはり勝負に出た、その一球目、誰が見てもボール球を投げるだろうと思っていたその球が右脚を上げて待ち受ける大谷の膝に当たるかと思えたインコース、すくい上げたバット、球は一二塁間を切り裂く内安打。これで勝ち越し。22歳の大谷逞しかった。

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やっと終わった。。駒沢演武

昨日は駒沢で養神館本部の総合演武大会。今月3回あった演武がすべて終了。やっと終わった、昨日は演武終了後花小金井で打ち上げ。皆さんお疲れ様でした。明日は温泉に行こうか。
ということで。。昨日の演武をUP
最近後ろ技について思うところがあり今まで誰も試みなかったスタイルを採ってみました。
そのうち後ろ突き自由技ができるかもしれない。実際やってみたところ以外にできる。
一瞬の気配を感じることができるようになります。

その1合気道小山田道場 師範演武 その2合気道小山田道場 指導員演武

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